記事のポイント
- 東京・渋谷で都市型エシカルフェス「City Green Fes. 2026」を見に行ってきた
- 音楽やマルシェなど多様な催しで、2日間でMZ世代ら推計1万人が集まった
- 自分らしさと、環境や社会へのまなざしを両立させる新しい価値観を感じた
都市型エシカルフェスティバル「City Green Fes. 2026」が5月23ー24日、東京・渋谷のMIYASHITA PARKで開かれた。「都市に緑を、エシカルをカルチャーに」というコンセプトのもと、音楽やマルシェ、ワークショップなどが行われた。2日間で推計1万人が集まり、都市での新しいエシカル消費のあり方を発信した。(オルタナユース・sakurako)
■フェスから広げるエシカルコミュニティ

「City Green Fes.」は、一般社団法人City Green(東京・渋谷)が手がける都市型エシカルフェスティバルだ。このイベントでは、堅苦しく捉えられがちな「エシカル」を、音楽やアート、ウェルネスなどの体験を通じて、都市の暮らしに取り入れられる新しい価値観として提案している。
City Greenは、渋谷周辺のゴミ拾い企画をはじめとするイベントを定期開催し、誰もが気軽に参加できるソーシャルアクションの入口として、コミュニティを運営している。その活動は、「Action(行動)」「Community(つながり)」「Nature & Culture(自然と文化)」の3つの軸で構成される。
フェスというオープンな場を通じて社会的認知を広げ、新たな参加者を巻き込むことも、コミュニティの活動を持続させる上での重要なねらいとなっている。
■渋谷のランドマークへ、規模を拡大して開催
2024年に渋谷・公園通り近くの公園で初開催したこのイベントは、原宿の「ウラハラフェス」との共催などを経て発展してきた。25年は渋谷のランドマークの一つである宮下パークに会場を移し、規模を拡大して開催された。
会場は買い物客や通行人も多い場所に位置しており、フェスを目的に訪れた人だけでなく、偶然通りかかった人も足を止めやすい環境だった。エシカルへの関心がまだ薄い層にも自然に接点をつくれる点は、このイベントの強みと言える。
今回は「Re:Wilding(自然に還る) Tokyo」をテーマに掲げ、消費の街・渋谷で自然とのつながりを見つめ直し、循環型のライフスタイルを体感できる多様なコンテンツを展開した。
■開かれた空間で、エシカルを「体験」する
会場ではDJブースから音楽が流れ、終始賑やかな雰囲気に包まれていた。無料で誰でも入ることができ、来場者がすぐに参加できる「開かれた空間設計」が印象的だった。マルシェには、オーガニック食品やエシカルなコスメ、日用品など、環境や社会に配慮した30を超えるブランドが出店した。

また、本イベントの大きな特徴は、体験型プログラムの充実にある。来場者が手や体を動かしながら、エシカルを実践できる場が設けられていた。
ウェルネスプログラムでは、ランニングとごみ拾いを組み合わせた100人規模の企画や、芝生の上で行うヨガなどを実施した。環境への配慮と自然との関わりを、心身を整える体験と結びつけた内容だった。
ワークショップでは、オーガニックコットンTシャツ(持ち込みも購入もできる)などにシルクスクリーンでプリントする体験のほか、廃プラスチックや海洋ごみを活用したアクセサリー作りなども楽しめた。
若者が主体となって里山保全に取り組む学生団体「グリーンベース」のブースでは、間伐した竹を活用した灯篭を並べ、都市にいながら里山や資源循環に触れられる場となっていた。

■消費の街・渋谷で発信される新しい価値観
実際に足を運んでみた感想として、会場を訪れたあらゆる人が、マルシェでの買い物やワークショップを通じて、環境問題やウェルビーイングに触れ、「エシカル」を楽しめることが印象的だった。
若者カルチャーの発信地として長らく台頭し、あらゆるものに溢れる都市・渋谷で、「エシカル」という観点からカルチャーを提案するイベントが開催された。「買う」「食べる」「遊ぶ」「体験する」という都市のライフスタイルに持続可能な視点を取り入れるきっかけが、イベントの至る所に散りばめられていた。
そこには、自分らしいライフスタイルを追求しながら、環境や社会へのまなざしも取り入れていきたいという、MZ世代の新しい価値観が反映されていた。「消費の街」として知られてきた渋谷は今、その豊かさを問い直し、私たちをより誠実な選択へと導く場所に変わりつつあるのかもしれない。
City Green 代表理事の森 慧太郎氏は、イベントについて「情報とコンクリートに囲まれた渋谷という都市の中心で、極上の音楽に揺れ、体を動かし、地球に優しい選択を自然体で楽しむ。来場者の皆様の笑顔と、各ブースから溢れる熱気を見て、エシカルはもはや『正しさ(義務)』ではなく、『洗練されたカルチャー』として確かに根付き始めていると確信した」と振り返った。
